こういう作品を見ると、立体の実在が如何に強いか改めて感じ入る。
 人類の存在価値をまざまざと見せつけてくれる。





 今より3万5千年前。
 クロマニヨンと呼ぶ人種が居た。
 そこは、ヨーロッパ大陸の1点ドイツ南西部にあるホーレ・フェルス洞窟


 仕切りの無い大きな穴の中。
 勝手知ったる居住空間。
 一人が大きな曲りくねったマンモスの牙を叩き割り、
真ん中辺りの大きな塊を手にすると、石の刃でチビリチビリ削っていった。 雨や風の強い日は狩りを止め、隅っこでコツコツ隠れるように造っていた


 そして出来上がると、昨日倒したばかりのサーベルタイガーの上に、そっと無造作に置いた。
 それを見て、仲間は動きを止めた。 それまで長い間、言葉では言い尽くせないもどかしい感情を持っていた。
 そこにこの像を見る事で、何か答えにならない答えを得た様な気がした。 今まで黙っていた事を、瞬時に垣間見る気がした。


 男どもは、
「そうなんだよ、女がいなけりゃ何も出来ないし、何も始まらない。」
小さく呟いている。
 ある者は、この洞窟の上にそびえる岩盤の頂に、背の低いひん曲がった松の老木が、懸命に生きているのを見ていた。


 ある者は朝からのシャックリも止まってしまって、犬も座って見ている。
「フザケンジャネェー、バカヤロー」
いきなり続いた。
裏腹、出来上がった作品を眩しく見つめている。


 ムニャムニャ言葉にならない言葉が続いた。
 女達も無表情だが、ジーっと石刃を持つ男を見つめている。
 窟内は沈黙が続いた。
 子供達は、大きく口の開いた入り口で、ひたすら雨が止むのをジレジレ待っている。


 雨上がりの水滴は、高い樹々の葉々から幹を伝って落ちて行く。 その間、射し込む陽にゆっくり暖まりながら、幹を滴り土に馴染んで行く。
 小さな虫どもも、モゾモゾ、棲みかの上へ行ったり下に行ったり、地面に這いつくばったり。
 一時は煙幕のような雨足だったが、水溜りは何処にも見当たらない。


 雨が止んだ洞窟は、高さ6M程の斜面に口を大きく開け、奥行き30Mはあろう、天井も高く5Mはある。
 子供が5人、斜面を下った所の空き地で、棒を互いにカンカン鳴らしながら遊んでいる。 婆さんが子供を心配気に眺めてから、緩い坂を滑らないように1歩1歩、歩いて行った。


 ここの住人30人程は、ずーっと同じ日々を過ごしていた。 そして皆、満足していた。
 1人の屈強な男が、窟内の仲間を見回した後、外の空き地で遊ぶ子供達を見て、前のうっそうと茂る緑を眺めていた。


 男は、何時だったか狩りの時、蛇が辺りの様子を伺いながら、身体を幹に巻き付け、ゆっくり登って行くのを想い浮かべていた。
 蛇は太い幹から枝分れを伝わって、小枝の先にある鳥の巣に向っていた。


 4つの卵を温めている親鳥は、微かに揺れながら近づいて来る気配を最初から知っていた。
 蛇が、忍び忍び巣くる所に来た時、冷たい銀粉をまぶしたような頭の先端から、赤い2つに割れた舌先を認めると、親鳥はサッと巣立って行った。


 蛇は、温もっている巣の底にある卵を無造作に飲み込むと、1つ残してゆっくり引き返した。
 濃い緑の中、親鳥は又かと、何事も無かった様に気持ちを切り替えた。
 男は、ざっと辺りの仲間を見渡して、洞窟に射し込むみずみずしい外の陽光と、うっそうと茂渡る樹々の葉々を眺めていた。




 この写真を見た時、ガチッと釘付けになった。
同時に、これはライバルだと直感した。
 3分ほど見つめてから活字に目をやったが、やはり字体の世界でどんなに描写しても、この彫刻を語る事に無理があると感じた。


 そう思いつつ活字を追っていくと、なんと、高さが6センチ・横幅3.5センチと書いてあるではないか。
 私には5〜6メートルの大きさに見えた。
発掘場所は、洞窟の中だったという。
 場所といい、時代といい、その溢れんばかりの生命力を抱かずにはいられない。


 私はこの作者と話をしたい。
何か同じ血が通っている様な気がする。
 どんな事でも構わない。 どんなにつまらない、くだらない事でも話をしたい。
「歯が痛い。」とか、
「夜は寒くて眠れない。」の類いでいいのだ。


 それは同じ人間が目の前にいる。
 だから思いっきり、求め合い、絡み合い、同じ同じと、身体の中枢でまさぐりあう。
 従って、作品を言葉にするなら、千も語れるが、意味が無いから黙ってしまう。


 だが、この造形、このボリューム、デフォルメ、壊し方、実に気持ちがいい。 唸ってしまう。
 天敵のサーベルタイガー及び豹が、何で人を喰いたがるのか、よーくわかります。


 この豊満な量塊は、きっとお母さんから教わりましたネ。 子供をたくさん作りましたネ。
 貴方は女性がとても大切で、とても好きですネ。
 狩りも達者で、誰にも負けない嗅覚を持ち合わせてますネ。 天敵のサーベルタイガー、何頭倒しました? あらん限りの頭脳と筋肉を使って、戦う貴方が目に浮かびます。


 いつか会いましょう。
 私もあらん限りの力を振り絞って、サーベルタイガーやマンモスと戦います。
 そして雨の続く日は、退屈でしょう。 何日も続く雨期の時、その洞窟で造りましょう。
 競い合って、5Mも10Mもあるやつ。


 えっ! どうやって!
 簡単です。 
 土、何処にでもある土で出来るんですヨ。
 何処かに、ネトっとした、
 うすい草色っぽい土があるでしょ?
 それで造るんです。 面白いからやりましょう。
 洞窟入り口で。 


 えっ! 奥がいいって!
 奥は暗くて造り難いんですヨ。
 やっぱり奥? 暗いんだよナー。
 目が違うんだよナー、戦ってる人は違うんダ。
 わかりました奥でやりましょう。
 目薬持っていくとする。








 振り返ると、川崎のアトリエで製作していた頃、私にライバルは現れなかった。
 芸術家にとって、ライバルがいる事は羨ましいと同時に、必要な事だ。 ライバルが居れば、もっともっと競い合い粘菌のように様変わりしながら、生息したろうに。


 それがやっと会えたと思ったら、3万5千年前の人だった。
渇蔵金金!!





 2009の7月11日より、
  B.C.33000年に向って発信




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